80年代90年代のダンスシーンを彩る人々①

ワイルド・チェリー(Wild Cherry),LLブラザーズ

【80年代90年代のダンスシーンを彩る人々①】

日本の80年代初頭と言えば、ディスコ全盛期。バブル景気に湧いていた時代です。アメリカでもMCハマーやマイケル・ジャクソンが活躍を始め、ヒップホップにも日が当たり出した時代です。そんな熱かった80年代から90年代にかけて、ダンスシーンを盛り上げたスターたちをまとめてみました。当時の時代の空気や、ダンスの変遷をイメージしつつ、確認していきましょう。

 

♢ワイルド・チェリー

「ワイルド・チェリー(Wild Cherry)」はボブ・パリッシが、1970年に結成したバンドです。

ワイルドチェリー=『Play That Funky Music』(プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック)というイメージを持っている方も多いと思います。

 

 

ダンスフロアを一瞬にして興奮のるつぼに叩き込む腐朽の名作だ。人気テレビ番組の『ダンス甲子園』のテーマソングとして記憶している方も多いだろう。

ワイルド・チェリーは元々ハードロック系のバンドだったが、再デビュー後にファンクに衣替えしている。

ちなみにファンク・ミュージックとは、ソウル・ミュージックを起源とする16ビートのリズムと、同じフレーズの反復を多用した曲のこと。ダンス・ミュージックとして一大ジャンルを築いている。

 

 

♢LLブラザーズ

「LLブラザーズ」と言えばダンス甲子園を思い出す方も多いでしょう。彼らが出演してから一気に日本のダンスのレベルを引き上げた印象があります。

ダンス甲子園に初めて出演した時には、すでに少しダンスでお金をもらっていたみたいです。しかし、ダンス甲子園なんてプライドが高くて出ていなかったのですが、ある時テレビを見て、自分たちと同じ熱い血潮を持ってダンスしている人がいると知り、出場に踏み切ったようです。

そしてその後、一気に人気者になるわけです。

 

 

彼らは家の中で練習していましたが、常日頃からダンス漬けの生活なので、畳も何回となく張り替えたそうです。

トイレに行くにもムーンウォーク、テレビを見ながらもロボットダンスと、生活の全てがダンスだったようですね。

ちなみに、最近もよくスーパーのガラスの前でダンスの練習をしている人を見かけますが、あの練習スタイルを最初に行ったのはLLブラザーズらしいです。

 

今回は、プレイ・ザット・ファンキー・ミュージックのワイルドチェリーと、日本人ヒップホップダンサーとしての先駆け的存在であるLLブラザーズを取り上げてみました。

いかがだったでしょうか?

この2組はバントとダンスユニット、日本とアメリカということで全く違うのですが、どちらも『ダンス甲子園』で共通しています。

このダンス甲子園、バラエティー番組のコーナーの1つに過ぎませんが、日本のダンスシーンにとっては大きな爪痕を残しています。

いずれダンス甲子園についてもまとめてみます。

 

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